【高校時代の思い出7】突然の従姉妹の死

6月中旬の朝5時くらいに、13歳の従姉妹が亡くなったという電話が叔母からありました。母に起こされてそのことを知らされると、目の前が真っ暗になりました。その日はとりあえずいつも通り学校に行き、放課後に叔母の家へ向かうことになります。

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前兆

従姉妹は、その年の2月に彼女の家族全員で我が家に来て、しばらくうちでゆっくりしてから、叔父の実家のある東京へ行くことになります。その時の従姉妹は、ずーっとこたつの中に入って出てきませんでした。「調子悪いの?」と聞くと、「うん、なんかだるくて・・・」という返事が返ってきて、何となく辛そうな感じに見えました。この時もう既に病気が発病していたんだと思います。いつも元気はつらつな従姉妹が、あんなぐったりした状態なのは、その時初めて見たような気がします。叔父の車に乗る彼女の姿を見た時、まさかこれが彼女を見た最後の瞬間になるとは、この時は全く夢にも思いませんでした。

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お見舞い

従姉妹が白血病(急性骨髄性白血病)であることは3月下旬頃に知ったのですが、その時は、お見舞いに行っても、従姉妹の前で大泣きしてしまうんじゃないかとか、辛い姿だったらどうしようかとか、あれこれ思い悩んでいる間に、結局お見舞いに行くことはできませんでした。5月のゴールデンウィークに、家族に一緒にお見舞いに行こうと言われたのですが、病床に伏せる従姉妹を見舞うことができませんでした。この時に、家族から「Hちゃん、そんなに長くないかもしれないんだよ!会えるうちに会っておかないと一生後悔するよ!!」と言われたのですが、お見舞いに行くことができませんでした。この時は、お見舞いに行ったって、病気で苦しむ従姉妹の姿を見て、自分が辛い思いをするだけじゃないかと、それなら行かない方がいいと、自分にそう言い聞かせていました。

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悲しい再会

葬儀の時に、変わり果てた従姉妹と再会し、涙がとめどなく溢れ出しました。あんなに元気が良かった健康優良児だった従姉妹が13歳という若さで死んでしまったことに、行き場のない激しい憤りを感じていました。親戚が多過ぎて寝るところがなかったので、私と小学生高学年の従兄弟と低学年の従兄弟の3人で車の中で寝ることになり、その夜、低学年の従兄弟の「Hちゃん、死んじゃったの?もう会えないの?」という問いに対して、高学年のその子の兄が、「Hちゃんとはね、もう二度と会えないんだよ」と泣きながら言っていました。その時私は、「でもね、Hちゃんとは天国で会えるよ」と言うと、高学年の従兄弟が、「そうだよね、天国で会えるよね」と言い、低学年の従兄弟が「Hちゃんは天国に行ったんだよね」と言って、その後も3人で泣きながら話しをしていました。

その時小学生高学年だった従兄弟も、その11年7カ月後に23歳の若さでこの世を去ってしまいます。たまに空を見上げながら、二人は天国で仲良くやっているのかな?と思う日があります。

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