1986年5月、2人の女性を同時に好きになってしまったばかりに、人生が大きく狂わされてしまったことに激しい憤りを感じていました。剣道をやるようになってから、しきりにKさんのことを思い出すようになっていたからです。
郷愁
部活の休憩時間に、体育館の入り口へと続く石段の上に座りながら、野球部の練習を見ていました。「ちょっと前まで、俺もあの中にいたんだよなぁ」と野球部時代のことを懐かしんでいました。東の空を眺めている時に、Kさんが満面の笑みを浮かべながら、私と楽しそうに喋っている姿が目に浮かんできました。「Kさんどうしてるかなぁ・・・」と声を出して言っていました。I高時代のKさんとの楽しかった記憶が、走馬灯のように私の脳裏を駆け巡りました。Kさんを最後に見てから5か月近くが過ぎていたので、Kさんに会いたくて仕方がありませんでした。この時は、Kさんのことだけではなく、I高時代の人達のことも懐かしんでいました。1年D組のクラスメイトや、空手同好会の先輩達、美化委員の先輩達、大親友だったHW、お世話になった先生方等、みんなどうしてるかなぁと、一人郷愁に浸りながら東の空を見つめていました。
Kさんとの思い出
「そう言えば、Kさんに剣道やめるなよって言ったのって、一年前の今頃だったよなぁ・・・、Kさん、あの時どういうつもりで、俺が剣道部に入ったら私も剣道部に戻るよって言ったんだろう。あの時、Kさんと一緒に剣道やってたら、今とは違った人生を歩めてたのかなぁ」と心の中で思っていました。「あの時は、一年後に剣道部の部長をやっているなんて夢にも思っていなかったし、まさか、7カ月後にKさんと離れ離れになるなんて想像すらしていなかったな・・・」とそんな風に考えていました。Kさんと離れ離れになってしまったことを、今更ながらに激しく悔やんでいました。
好きにさえならなければ
「Kさんのことを好きにさえならなければ、俺たちは離れ離れにならずに済んだのに、何で俺はKさんのことを好きになっちゃったんだよ、中学の時は何とも思っていなかったのに・・・。好きになった瞬間に別れなきゃいけないって、こんなことがあっていいのかよ」と心の中で呟きながら泣いていました。
宝塚に行って、命も含めて自分の全てを投げうっても構わないと思えるほどKさんのことが好きだということを知ることになるのですが、好きになってはいけない人を好きになってしまったわけで、もう本当に悲劇としか言いようがありません。


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