父と姉が一足先に関西へ行き、母と兄と私が関東に残っていました。当時は、関東から関西への転校はかなり嫌がられていて、父の話では、十数校に転校を打診した結果、1校を除いて全て断られたそうです。その1校も転校できるかどうかは分からないとのことでした。
会社の寮
転入面接を受けるために、生まれて初めて新幹線に乗り、生まれて初めて関西に行くことになります。新大阪駅に着くとそこから尼崎駅に出て福知山線に乗って宝塚で下車し、そこからタクシーで父と姉が住んでいる会社の寮に向かいます。会社の寮は3LDKでかなり広々としていました。船橋の家は4畳半と6畳の2Kで、トイレがボットン便所、風呂はヒノキ風呂でシャワー無し、洗面台なし、給湯器なし、冷暖房なし、大雨が降ると雨漏りがする、ゴキブリ、ムカデ、ゲジゲジ、軍曹、ネズミだらけの劣悪な生活環境でしたが、宝塚の会社の寮は、トイレは洋式、お風呂は追い炊き機能付きでシャワーも有り、お湯と水の出る洗面台、冷暖房完備という天国のような環境でした。そして、自分の部屋まで用意されていたことに驚愕しました。部屋に入ると勉強机とこたつ机が置いてありました。生まれて初めて自分の部屋と勉強机を持てたことに感無量になりました。船橋にいた時は、万年床の上にみかん箱を置いて勉強していたことを考えると、あまりの感動で胸が張り裂けそうでした。さらに、テレビも、サンテレビで毎日阪神戦を試合終了まで見られ、毎日六甲おろしが聞けるという至福の環境でした。
転入面接
休日明けの月曜日に、母と共にタクシーで高校に行くことになります。高校に着くと、玄関で案内係の職員に迎えられます。面接室の前に行くと、制服を着た生徒と母親らしき女性が椅子に座っていました。私と母の存在に気付いた女性が立ち上がり挨拶をします。私の母親とその女性が話を始めたので、私も座っている生徒と話をしますが、彼は、灘や甲陽といった兵庫県屈指の進学校からの転入志願者でした。進学校の勉強に付いていけなくなったのでこの高校に転入するとのことでした。最初に彼等が面接室に通され、彼等の面接が終わった後で、次に私達が面接室に通されると、中に3人の面接官が3人掛けのソファーに座っていました。教務主任、学年主任、数学教諭の3人でした。先ず、数学教諭のN先生が、この高校では2学期までに三角関数を学ぶので、私が転入して来た場合、放課後に今の高校では未習の三角関数の補習を受けなければならないこと、さらに、他の教科についても関東と関西では履習範囲や進み方に違いがあり、転入した場合、学業において相当苦労することになるだろうことを説明されました。最後に、成績は相当下がるだろうと断言されました。
転入当初は学年10位だった成績が、卒業時にはビリから3番目になっていました。これだけでも転入は失敗だったと言えるでしょう。
文化の違いと言葉の壁
学年主任からは、関東と関西の文化と言葉の違いについて詳細な説明を受けました。学年主任が言うには、文化と言葉の壁は、私が思っているよりも遥かに大きいらしく、相当覚悟する必要があると忠告されました。いじめの問題についても、いじめられない保証は無いとはっきりと言われました。むしろ、いじめが原因で不登校や留年、退学、もしくは自殺などということになれば、学校の責任だけではなく教育委員会の責任も問われることになると言っていたので、今回の転入の件には教育委員会も絡んでいるようでした。学年主任が最後に「校長と隣に座っている教務主任以外は君の転入には反対している」と言ったところで、大御所の教務主任が登場します。
教務主任の言葉
主任「T君、君はこの学校に来たいか?」
俺「いや、これだけ言われたら来る気が無くなりますよねw」
主任「まぁ、確かに厳しいことばかり聞かされて嫌な思いをしたやろうけど、ただ、君がこの学校に転入した場合、本来する必要のない苦労をしなければならなくなることは確かだ。ここにいる二人の先生方は、する必要のない苦労をする必要はないと君に言ってくれているんだよ。そして、そのここで君がするだろう苦労も、生半可なものではないということだけは知っておいてもらいたい。ここに来るには大変な覚悟が必要だよ。その覚悟がT君にはあるか?」
俺「ないですね」
ここで主任が大笑いをする
主任「君面白いなwww」
俺「よく言われます」
主任「うんうん、君ならやっていけそうな気がするわ」
母「もう一度主人とよく話し合ってからこの学校に転入するかどうかを決めたいと思います」
主任「それがいいでしょう。転入する場合は試験を受けてもらうことになるので、なるべく早く返事を聞かせて下さい」
こうして面接は無事終了し、私達は学校を後にします。
その日は月曜日で、当時、さんまのまんまは関東では木曜の深夜にやっていたので母はビデオに録画して見ていたのですが、関西では夜7時にやっていたので、明石家さんまファンだった母は大喜びしていました。休日も吉本新喜劇やさんまが駐在さん役の番組をやっていたので、関西の方がテレビが全然面白いと家族で言っていました。
※関西弁の会話は基本的に関東弁で覚えているので、関西弁と関東弁が混じった変な言葉になっています。英語で聞いたことを日本語として覚えているような感じです。


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