中学3年の夏に部活を引退して以来、1年9ヶ月ぶりに剣道を始めてから1ヶ月半ぐらいが過ぎた頃に、部活の顧問から昇段審査の話が持ち上がります。中学の時に剣道初段を取得していたので、2段審査を受けるように顧問から勧められます。私の他にも3人の後輩達も昇段審査を受けることになります。
剣道形講習会
顧問から体育教官室に来るように、私と後輩の3人が呼び出されます。
顧問「初段・二段受験者は、形講習を受けにいってもらいたい。昇段審査で形で落とされたらつまらんやろ」
筆者「その講習を受けると試験を受けないでもいいんですか?」
顧問「そうや、昇段審査での形審査が免除される」
筆者「形審査免除っていいですね」
顧問「そうやろ、詳しいことは追って説明するから、昇段審査に備えておけよ」
筆者「分かりました」
顧問「それとな、Tよ、分かってるとは思うが、形講習会に行くのはお前ら4人だから、お前が引率者として後輩達の安全に責任を負うということを忘れるなよ。いいな」
筆者「はい。事故のないように気を付けます」
こうして、私と1年のHが2段、RとMちゃんが初段を受けることになります。
剣道形講習を受けに行く
形講習は王子スポーツセンターの体育館で行われるので、学校が終わった後で、みんなでそこまで行くことになります。宝塚駅から阪急今津線で西宮北口へ出て、そこから神戸線に乗り換えて王子公園駅で下車して、目的地の体育館まで歩いて行きました。講習会には2~3回行った記憶があり、午後5時から7時まで行われた気がします。講習参加者は、多からず少なからずといった感じでしたが、思っていたよりは多かったです。講習会は剣道着に垂着用、木刀で行われるので、いちいち着替えるのが面倒でした。特に、帰りは疲れてるし腹は減ってるしで着替えるのがかなりだるかったです。最後の講習会で認定審査を受け、無事合格して認定書をもらい、これで二段審査の時に形審査が免除されることになります。
電車に荷物を忘れる
認定書をもらったことで気が緩んだのか、疲れ果てて集中力が途切れたのかは分かりませんが、西宮北口で下車して今津線に乗り換えるために歩いている時に、後輩の1人が私が手ぶらであることに気付きます。
後輩R「あれ、先輩、荷物どうしたんですか?」
筆者「えっ、あっ、荷物電車の中に忘れた!」
後輩R「先輩、早く駅員に言わないと」
後輩が、ホームにいた駅員に、私が荷物を電車に忘れたことを言いに行ってくれます。
後輩R「先輩、駅長室に行って詳細を説明するように言われました」
筆者「そうか、じゃあ、駅長室に行こう」
みんなで駅長室に行こうとしていたところに、案内係と思われる女性が来てくれて、私達のことを駅長室まで連れて行ってくれます。駅長室で詳しい事情を説明すると、しばらく待ってるように言われます。私は後輩達に先に帰るように指示します。
筆者「いつ帰れるか分からないから、お前らはもう帰った方がいい」
後輩R「じゃあ、僕らはお先に失礼します、先輩」
筆者「おう、寄り道しないで気を付けて帰れよ。Tさんももう帰った方がいいよ」
Tさん「私は帰りませんよ。先輩1人置いて帰れるわけないじゃないですか」
筆者「いや、俺は大丈夫だから、君は女の子なんだから真っ先に帰らないと」
Tさん「先輩は関西に来てまだそんなに経っていないのに、1人にするわけにはいきませんよ」
筆者「Mちゃんは優しいね、ありがとう」
ここで後輩のRとHが近付いて来ます。
筆者「何だよ、お前らまだ帰ってなかったのかよ」
後輩R「僕等も一緒に行きますよ」
筆者「Mちゃんと行くからお前らはいいよ」
後輩R「先輩とTさん2人だけというのはちょっと、何かあったらまずいじゃないですか」
筆者「何かあるわけないだろwあっ、Mちゃん、こいつ等が一緒に行ってくれるみたいだから、君はもう帰った方がいいよ」
Tさん「私も一緒に行きます。みんなで行きましょうよ」
こうして4人で行動を共にすることになります。駅長に荷物が梅田に届いているから、梅田駅で電車から降りたらそのまま改札窓口に行くように言われます。王子公園から宝塚までの切符を駅長に渡し、4人分の梅田までの切符をもらって西宮北口駅の駅長室を後にします。後輩女子の荷物は私が持ってあげました。
昭和時代の電話事情
梅田駅に着くと、後輩たちの案内で改札窓口に向かいます。窓口で後輩達に、防具袋、竹刀袋、学校の鞄が私の物であることを証言してもらい、私が必要事項を書類に記入している間に、後輩達は家に電話をしに行きます。窓口で宝塚駅までの4人分の切符と忘れ物をもらい受けた私は、公衆電話のあるところに行くのですが、そのあまりにも酷い光景に目を疑います。公衆電話は10台くらいあるのですが、その全てに長蛇の列が出来ていて、思わず「何これw」と言ってしまいます。昭和の電話事情は今とは比べ物にならないくらい劣悪なもので、家に電話を掛けるだけでも大変な思いをしなければなりませんでした。今だったら、スマホでどこからでも電話をかけられるし、LINEとかで簡単に家と連絡が取れますが、昭和という時代のコミュニケーション手段は至極原始的なものだったので、その点では今の時代は遥かに恵まれています。後輩達が電話をかけ終わるまで結構待たされましたが、後輩の女の子から、駅まで親が迎えに来てくれるということを聞いてかなりホッとしました。
帰りの電車の中で、「Mちゃんてほんと優しいよなぁ・・・、彼女たちが辞めないで本当に良かった」と心の中でしみじみと思っていました。


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